北大路魯山人のことばに触れて
更新日平成29年2月1日水曜日
コンテンツID013726
北大路魯山人は陶芸をはじめ書・絵画・篆刻など、美術工芸のあらゆる分野で個性溢れる作品を生み出した総合芸術家であり、美食家でもあったその方の残された言葉に触れる機会がありました。
魯山人のことば
「私が最初陶芸製作をやろうとするときには私の挙措を大分危ぶんだ人もあるが、幸いに途中挫折することもなくぼつぼつ進んでいる。今後十年私に健康を与えてくれるなら、なんとかしたものを遺すべく、努力したいと思っている。努力といっても私のは遊ぶ努力である。私は世間のみなが働きすぎると思う一人である。私は世間の人がなぜもっと遊ばないかと思っている。画でも字でも茶事でも雅事でも遊んで良いことまで、世間は働いている。なんでもよいから、自分の仕事に遊ぶ人が出てこないものかと私は待望している。仕事に働くひとは不幸だ。仕事を役目のように了えて他のことの遊びによって自己の慰めとなす人は幸せとは言えない。政治でも実業でも遊ぶ心があって余裕があると思うのである。」
そう言えば論語でも
「これを知る者はこれを好む者に如かず
これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」
と孔子が残しています。
私は、これらはある意味「地方創生」の重要なキーワードであり、自然の中でゆったり流れる時間、そして人々のふれあいと絆、自己の役割と責任など、大都市の住む若者がすでに経験できない「楽しみ」を提供することが交流人口や移住の促進につながるのではないかと思います。そのためには、おおい町に住む人々が自分の地域や暮らしを一生懸命に楽しむことが大切だと思います。
さらに、魯山人は「ものさえ分かって来ると、おのずから、趣味は出て来るものである。趣味が出て来ると、面白くなって来る。面白くなって来ると、否応なしに手も足も軽く動くものである。」と
みんなでおおい町の元気のために、楽しむための知恵と力を創造しようではありませんか。
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